国家「君が代」にでてくる「さざれ石」がある神社 宮崎日向の大御神社紹介します。

宮崎の情報

こんばんは、小田です。

今日は仕事で行ってきた宮崎県は日向市にある「大御神社」を紹介します。

大御神社とは?

正直私はこの大御神社の事はあまり詳しくありませんでした。

周りの人に聞くと「さざれ石の神社だね。」って答えが返ってきます。

今回訪問するに際し調べてみました。

大御神社は、皇祖天照大御神を御祭神とする古社で、創建の年月は詳らかではないが、当社に伝わる「神明記」その他の古文書によれば、往古・皇大御神・日向の国高千穂に皇孫瓊々杵尊を天降し給うた節、尊は当地を御通過遊ばされ、千畳敷の磐石にて、これより絶景の大海原を眺望され、皇祖天照大御神を奉祀して平安を祈念されたと伝えられ、後世、此の御殿の霊石の在りし所に一宇を建て、皇大御神を勧請し村中の鎮守と崇敬し奉ると言う。

 また、神武天皇御東征の砌、大鯨を退治された御鉾を建てられたことから、鉾島と呼ばれたが、後に細島に転じたと伝えられている。天皇はこの時、伊勢ヶ浜(港)に入られ、皇大御神を奉斎する御殿(現在の大御神社)に武運長久と航海安全を御祈願されたと伝えられ、大御神社の西に横たわる櫛の山と、東に隆起する米の山(久米の山)は、神武天皇の先鋒の天櫛津大久米命の名に因むものであると言う。

 その後、当社は日知屋城主伊東氏ら歴代城主はもちろん、延岡城主、幕領代官等に尊崇され、地方の民も「日向のお伊勢さま」と呼んで崇敬し、且つ親しんできたのである。最近ことに、御神徳を慕って県内外の参拝者が激増している。

 大御神社の社名は、天照皇大御神の大御をいただいて社名とした、と伝えられているが、本殿に残る天保・安政年間より大正5年までの祈願木札には天照皇大神宮と記されている。

大御仁社HPより

詳しくは解りませんでしたけどこんな感じ(笑)

入口には看板があります。

詳しい行き方はナビってくださいね(^^;)

鳥居をくぐり真っすぐ行くと・・・

右側に神社が見えてきます。

後ろは「海」神社やお寺と言えば「山」ってイメージですが、この神社は少し雰囲気が違います。※宮崎日南にある「鵜戸神宮」も海ですがなんかちょっと空気が違いますね(^^;)

さざれ石とは?

日本人なら絶対知っていますよね~国歌「君が代」

- 君が代 -
君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで
-意味-
天皇を日本の象徴と仰ぐこの国は、長い年月をかけ小石が粘土や砂などと混じって大きな岩(礫岩)となりその上に美しい苔が一面に生えるようにいつまでもいつまでも平和で豊かで栄えますように。

これが「さざれ石」

実は、昔からあるものではなく最近発見されたみたいです。

「さざれ石」最近発見されたみたい

平成15年の9月。境内西側の拡張造成工事が始まった。
そもそも、社殿のすぐ西側脇に神門があり、境内地を二分していた。
その神門に白蟻が入り破損がひどく、さてどうしたものか、新たに建替えようかとも考えたが、せっかく境内は山(ボウズ山)の際までが神社有地だからこの機に拡げてみようということになった。幅30m、奥行き100mの造成である。立ちこめる木、竹藪を切り開いて進むと、山際の前に今まで見たこともない珍しい岩を発見。表面がツブツブ・ザラザラとしており、まるで生コンクリートを捨てて固まったかのような石(岩)である。
 早速、門川町在住の日本地質学会員でもある足立富男先生に見ていただくと、なんともあっさり
「宮司さん、これは礫岩、”さざれ石”ですよ」
「えっーっあの”君が代”のですか・・・」
まさか、大御神社の境内に「さざれ石」が、しかもその規模たるや・・・

大御神社HPより

化石?とまではいかないが小石などがかなり混じった石ですね。※コンクリート?っぽいかな。

是非足を伸ばしてきてくださいね。

小田屋

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